長野一族
6月8
4月24
鷹留城跡主郭跡。
鷹留城跡は、JR高崎駅から榛名湖方面行バスに乗り、下室田小学校前下車、徒歩20分。その次のバス停で降りても行けます。
私が登った道は、たぶん大手道。いちばん近道ですが、荒れていて歩きにくいです。
ちょっと遠回りになりますが、舗装された道路沿いに、このような道しるべがあり、ちゃんと、保雄された道もついています。こっちが正しい登城口かも!?
最初に見えた堀切。
堀切?
主要部へ入ってきました。
主郭と二郭間の堀切。右手側が主郭。城塁は鋭く切り立ち、10mくらい高さがあるでしょうか?
こちらも堀切。
横堀です。
横堀の土塁が無くなり、腰郭状の地形に続いていました。
主郭内部の戦死者慰霊碑。
鷹留城は、箕輪城主長野氏の重要な支城でした。
武田信玄は、この地へたびたび侵攻しますが、なかなか、箕輪城を攻略することができず、鷹留城と箕輪城の連携を断ち切り、個別に攻略します。
鷹留城は落城し、城主一族は、自刃したそうです。
二郭内部には、お墓がありました。
三郭内部の様子。
竪堀?
空堀。
竪堀?この城跡には、このような竪堀状の地形が良く見られます。
二郭~三郭の堀切(?)
三郭~外郭の堀切。こちら方面の城域は、一応、ここまで終わりかな?
主郭方面に戻って、主郭と、絡め手の郭を断つ堀切。
土橋。
別角度からの土橋。
鷹留城跡、廃城時そのままの姿を現在に残し、あたかも、戦国時代にタイムスリップしたかのような、錯覚を味わえます(大げさ)。
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