マリンブルーの城攻めと食べ歩きの日記

城跡巡りと、食べ歩きの日記。

夏場はおススメ出来ない

主に、茨城県や千葉県を中心に、全国の土の城跡を中心に、城攻めをしています。

訪れた城跡や、各地の風景など、綴っていきます。

また、全国各地のグルメもレポートしていきます。

栃木県佐野市 須花城跡2

佐野市の須花城跡、前回のブログで紹介した正光寺城跡から、車ですぐ近くです。しかし、住宅が密集してる地域の狭い道路沿いに入り口があるため、駐車場所に困ります。公共の交通機関も、おそらくないと思われます。

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城跡への登城口。以前は、幟が建っていたようです。おそらく、山城サミットが、佐野市で開催されたときに整備されたものでしょう。

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道が分岐する部分です。左側に進むと、そのまま主要部に進むことができます。


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この道は西側を縫うように進みながら、Uターンして、主要部に進みます。堀切、あるいは虎口が見えてきます。

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竪堀です、城内は、部分部分が濃い笹薮になっていて、遺構は確認が難しいです。

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主郭と思しき、郭へ入っていく虎口です。

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主郭内部には祠があるためか、この郭だけは、ヤブが刈りはらわれています。

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西側の虎口のようです。

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主郭の先の堀切です。深さは1mほどしかなく、ささやかなものです。幅も簡単に飛び越えられそうな程度でしかありません。

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堀切。

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堀切。

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堀切からの竪堀だと思います。

須花城は、正光寺に墓地がある佐野宗綱公因縁の城です。この城を足利長尾氏から奪還するために、軍を起こした佐野宗綱公は、旗本勢から離れただ一騎となってしまい、流れ弾に当たり討ち死にした、と伝わっています。

須花城跡の遺構は、すべて規模が小さく、また笹薮のために確認がしづらく、期待した割にやや、期待外れの探訪となってしまいました。

東京都青梅市 勝沼城跡3

青梅市勝沼城跡は、JR東青梅駅から徒歩10分で行くことができます。

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城跡案内板。光明寺墓地の背後の山林が城跡になります。

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空堀の跡ですが、ささやぶに埋もれています。

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こちらも、ささやぶに埋もれています。

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主郭跡です。こちらは、伐採され下草もなく、きれいに整備されています。

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こちらもささやぶです。

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土塁跡です。

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空堀。

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郭の切岸です。堀底からの高さは5mくらいありそうです。


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こちらは、城域の一部と思われる妙光院の境内の横堀です。伐採された気が捨てられ、堀を埋めていました。

訪れたのは冬だったと記憶していますが、この状態ですので、夏場の訪問は、難しいようです。

愛知県常滑市 大野城跡1

大野城跡は、大河ドラマでも一躍有名になったお城です。

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姫たちの戦国でしたっけ?上野樹里さんが、江の役をやっていたやつです(大河ドラマ見ないもんで)。

現在は、公園として整備され、名鉄大野町から徒歩25分くらい。案内標識も出てたと思います。

江の最初の夫、佐治一成の城でした。

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遺構はほぼ何も残されていません。ただ小高い山に展望台があるだけです。お決まりの天守閣風の建造物です。

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これです。

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城の痕跡としては、郭跡が見られます。

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城跡碑。よく見ると、土塁に見えなくもない、堀跡だったかもしれない地形はあります。

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予想絵図。

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城下の様子。

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ぼけちゃってますけど、佐治一成の像。

佐治家は、織田氏一門として栄えましたが、小牧長久手の合戦の折、徳川家康に船を貸したことをとがめられ、領地を没収され改易となりました。

江は、秀吉のもとに連れ戻され、のち織田秀勝に再嫁することになりますが、この秀勝も若死にし、三度目の結婚相手が、のちの徳川二代将軍秀忠。

江は、跡取りの家光も生んでいます。



長野県松本市 埴原城跡4

先日、長野県松本市に行ってきました。

とても、暑い日で、紫外線を長時間にわたって浴び続けたせいか、ぐったりと疲れ切ってしまい、ブログも久しぶりの更新となってしまいました。

夏の山城は、無謀だと改めて思い知った次第です。

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埴原城跡。松本市には、小笠原氏関連の素晴らしい遺構をとどめる山城跡が多数あります。

そのなかで、真っ先に訪れた城跡になります。

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埴原城跡に行くには、まず蓮華寺を目指します。このお寺の駐車場に車を停めることができます。

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整備された登城道を登っていくと、最初に目に入る堀切です。


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堀切です。

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姫の化粧水と呼ばれる水の手跡。

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さらにのぼっていくと、堀切がまたあります。

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畝状竪堀が、張り巡らされています。

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竪堀は、堀底道としても利用されたようです。この季節でも、下草が少なく、遺構ははっきりと見ることができます。

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竪堀状の堀底道は、行き止まりになっています。

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石積みで組まれた水の手跡です。

縄張り図を車中に置き忘れてしまい、暑熱のなか歩き回ったので、この先の何もない尾根をずっと先まで進んでしまいました。

気を取り直して、最初の堀切あたりから、二郭、主郭方面に向かいます。

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二郭内部の様子。

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一部石積みの残る二郭虎口。

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二郭側面の石積みです。

下草は少なく、遺構は見やすいとはいえ、やはり夏場の山城は、やめておいたほうがいいですね。というより、素晴らしい遺構が残されているのに、途中で、根気がなくなってしまい、気力も切れてしまうので、もったいないです。

登城道は、一応整備されており、随所に道しるべもありますが、一部、荒天の影響なのか、道が崩落していたり、倒木が多く、歩きづらい部分もあります。

涼しい時期、11月下旬くらいに再訪したいと思っています。

茨城県守谷市 守谷城跡3

守谷市の守谷城跡は、関東鉄道常総線、もしくはつくばエクスプレス守谷駅から徒歩20分くらい、城址公園となっています。

守谷城は、かなり巨大な城郭だったようで、城址公園の中心部からかなり広範にわたって、遺構が散在します。

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駐車スペースから見下ろした湿地。この辺りまで当時は、沼の水が入ってきていたようです。

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巨大な空堀が現れました。

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公園の石碑です。

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空堀は折れを伴って、横矢をかけています。戦国時代も後半の築城術です。

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郭跡です。二の郭だったと思います。土塁が見られます。

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多分、本丸跡です。守谷城跡には、2回訪れていますが、3年以上前なので、記憶が定かではありません。

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土橋跡です。成形されてしまい、木橋であったかのようですが、土橋だったようです。

両脇は空堀ですが、ささやぶで、ほぼ確認不可能です。

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守谷城跡の案内看板と、復元絵図を拡大しました。

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虎口跡です。先ほどの土橋跡の欄干がほんの少し写ってます。このようにコノ字に歩かされるようになっているのがわかります。

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いちおう、土橋跡からみた空堀です。

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城址公園に行く途中の住宅街にあった土塁跡です。大手門跡だったと記憶しています。

城址公園とは言いながら、藪が深くて、見づらい部分も多く、一部の郭は、ささやぶに埋もれて探索は不可能になっています。

しかし、深い空堀は見ごたえあります。冬場だったらもう少し見やすくなるかと思います。


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