マリンブルーの城攻めと食べ歩きの日記

城跡巡りと、食べ歩きの日記。

長野県の城跡

主に、茨城県や千葉県を中心に、全国の土の城跡を中心に、城攻めをしています。

訪れた城跡や、各地の風景など、綴っていきます。

また、全国各地のグルメもレポートしていきます。

長野県伊那市 高遠城跡 日本100名城4

戦国時代、織田信長の侵攻の前に玉砕した、武田信玄の息子仁科盛信の悲劇の城高遠城跡。

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江戸時代も高遠藩の居城として存続し、現在は城跡公園として整備されています。日本100名城にも選定され、また、高遠桜は、ことのほか有名で、花見の季節は観光客でごった返す城址公園です。

おかげで、大きな駐車場が複数設置されています。

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駐車場から登っていくと、すぐに空堀(水堀?)があります。

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台風の後だったために水が溜まっているだけかも。

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土塁です。重厚です。


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深い空堀があります。

夢中で、写真を撮っているうちに、突如、デジカメがぶっ壊れまして・・・。レンズが出てこなくなってしまいました。

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二の丸跡だったか、本丸跡だったか・・・。

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こっちが本丸だったかな。

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高遠城跡の最大の見どころは、この深い空堀です。

縦横にめぐる空堀の堀底を歩き回ることができます。この時期は、花見客もおらずに貸し切り状態で、心行くまで堪能できました。

史料館と美術館が休館だったので、また改めて訪問することになりそうです。

長野県松本市 犬甘城跡3

先日の松本行。

予定では、埴原城跡、林城跡、時間があったら、桐原城跡も行きたかったのですが、それぞれの山城が見学に2時間はかかる大規模なもの。さらに、埴原城跡で、車中に縄張り図をおきわ須てしまったこともあり、林城には、いけなくなってしまいました。

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そのかわりに訪れた犬甘(いぬかい)城跡。城山公園として整備されています。

この公園、たしか、駅からも歩けないこともないくらいの距離だと思いますが、かなり急傾斜を登りますので、車での訪問が便利だと思います。駐車場もあります。

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遊歩道に開発されていますが、竪堀か、堀切の跡のように見受けました。

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堀切跡。あまり深さはなく、小規模なものです。

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郭跡です。おそらく主郭ではないかと思われます。

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現在の遊歩道は、画像の左側を通っていますが、中央部分のくぼみが虎口だったように見えます。

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また、堀切らしきものがありました。

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こちらは、以前はビオトープだったのかと思いますが、空堀の跡と見受けました。

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鋭さは失われていますが、場内で最大の堀切の跡です。


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こちらも空堀の跡のように見えます。看板の立ってる辺りに、畝のような高まりがあります。

これは、遺構なのか、公園化された際に造られた通路の一部なのか・・・。

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最先端の展望台のある郭。展望台からは松本市街を一望に見下ろすことができ、松本城を眼下にみることも可能です。

長野県松本市 埴原城跡4

先日、長野県松本市に行ってきました。

とても、暑い日で、紫外線を長時間にわたって浴び続けたせいか、ぐったりと疲れ切ってしまい、ブログも久しぶりの更新となってしまいました。

夏の山城は、無謀だと改めて思い知った次第です。

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埴原城跡。松本市には、小笠原氏関連の素晴らしい遺構をとどめる山城跡が多数あります。

そのなかで、真っ先に訪れた城跡になります。

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埴原城跡に行くには、まず蓮華寺を目指します。このお寺の駐車場に車を停めることができます。

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整備された登城道を登っていくと、最初に目に入る堀切です。


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堀切です。

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姫の化粧水と呼ばれる水の手跡。

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さらにのぼっていくと、堀切がまたあります。

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畝状竪堀が、張り巡らされています。

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竪堀は、堀底道としても利用されたようです。この季節でも、下草が少なく、遺構ははっきりと見ることができます。

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竪堀状の堀底道は、行き止まりになっています。

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石積みで組まれた水の手跡です。

縄張り図を車中に置き忘れてしまい、暑熱のなか歩き回ったので、この先の何もない尾根をずっと先まで進んでしまいました。

気を取り直して、最初の堀切あたりから、二郭、主郭方面に向かいます。

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二郭内部の様子。

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一部石積みの残る二郭虎口。

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二郭側面の石積みです。

下草は少なく、遺構は見やすいとはいえ、やはり夏場の山城は、やめておいたほうがいいですね。というより、素晴らしい遺構が残されているのに、途中で、根気がなくなってしまい、気力も切れてしまうので、もったいないです。

登城道は、一応整備されており、随所に道しるべもありますが、一部、荒天の影響なのか、道が崩落していたり、倒木が多く、歩きづらい部分もあります。

涼しい時期、11月下旬くらいに再訪したいと思っています。

長野県千曲市 屋代城跡3

千曲市の屋代城跡は、しなの鉄道屋代駅から、すぐ東側に見える丘陵が城跡になります。

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登城口。屋代駅は西側に出口がありますが、そのまま北側に進み、踏切を渡ったすぐのところに登城口があります。

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堀切から続く竪堀です。

登城口を登りつめると、神社があり、社の背後から道が続いています。すぐに堀切がありましたが、そこは笹藪でした。


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ウナギの寝床のような細長い郭です。屋代城跡は、細長い尾根を堀切で断ち切り、細長い郭を設けています。

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この城の見どころは、この何本かある堀切です。

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土塁です。

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ここが、主郭でしょうかね。

この先にも、尾根は続いていて、遺構もあるようなのですが、時間の都合上、ここで引き返してしまいました。

この日は、小諸城から、上田城、そしてここ、松代城と回ったので、分刻みのスケジュールでした。

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最後に、また堀切。

屋代城跡は、信濃の国衆屋代氏の居城。村上義清に味方していたものの、武田信玄が侵攻してくると、裏切り、武田信玄従ったようです。

長野県長野市 松代城跡 日本100名城3

長野市の松代城跡。真田一族所縁の城が続きます。

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松代城跡には、長野駅からバスで行くことができます。車でも駐車場があったはずです。

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引橋門と、太鼓櫓門。


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南門跡の石垣と土塁です

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引橋門と、太鼓櫓門を丸馬出跡方向から見たところ。水堀も復元されています。


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丸馬出の土塁と三日月堀跡。

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引橋の上から見た水堀です。


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本丸跡内部の櫓台の石垣。

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復元された城門跡です。

松代城の前身は、武田信玄が川中島を抑える拠点として築かれた海津城。

上田9万5千石から、海津城13万石に加増転封された真田信之、思い入れ強い上田の領地から国替えのさい、悔しさのあまり、上田藩の政務関係の書類を焼き捨ててしまい、そのため、あとに入封した仙石氏は、困り果てたといわれます。

海津城が、松代城と呼ばれるようになったのは、2代藩主信政の時と言われています。
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