岡山県岡山市の岡山城跡、日本100名城にも選定され、新幹線も停まる岡山駅からも近い城跡です。

また、岡山駅からは、路面電車もあります。

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石垣と水堀です。

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巨石を用いた石垣です。

岡山城は、宇喜多直家が築城、息子の秀家は、豊臣秀吉の猶子となり、57万石の太守として、備前中納言と呼ばれました。

秀家の時代に、天守が築かれ、現在の姿に近づきました。

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岡山城天守。太平洋戦争の空襲により焼失し、現在のものは復元されたものです。

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鐵門、だったかな。もう何年も前に訪れたので、よく覚えていません。

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宇喜多氏時代の石垣が、展示されています。

宇喜多氏は、関が原合戦で西軍に味方したため改易。秀家は、八丈島に流罪となります。

その後、関が原の合戦で西軍を裏切り、東軍の勝利を決定づけた、小早川秀秋が城主となります。

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石垣。小早川氏の統治時代に、積まれたものでしょうか。

小早川秀秋は、跡継ぎのないまま、急死してしまい、小早川家は改易。

一説には、宇喜多の遺臣に暗殺されたとか、良心の呵責に苦しみ、狂死したとか、いろいろ言われています。

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月見櫓。

その後、岡山城には、池田氏が入り、途中、鳥取藩池田家との入れ替わりなどありましたが、池田家32万石として、名維持維新を迎えます。

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たしか、この石垣は、池田氏によって、積まれたものであったと記憶しています。

違ったらごめんなさい(笑)