マリブルの城攻めと食べ歩きの日記

城跡巡りと、食べ歩きの日記。

2018年04月

主に、茨城県や千葉県を中心に、全国の土の城跡を中心に、城攻めをしています。

訪れた城跡や、各地の風景など、綴っていきます。

また、全国各地のグルメもレポートしていきます。

愛知県新城市 古宮城跡 続日本100名城5

リアルタイムでの城攻めネタが尽きていますので、しばらく「続100名城」ネタで行こうかと思います。.

GW明けに遠征を予定しています。どのみち、続100名城中心にめぐりますので、当分、続100名城は続きます(笑)

最近、見ていただける回数が多いようなので、古宮城跡の再放送です。

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古宮城跡案内板。

私がこの城跡を知ったのは、NHKの「趣味どきっ」という番組です。

千田教授 と松村邦洋さんが、このお城を紹介しており、ぜひとも行きたいと思っておりました。

去年、ようやく行くことができました。

交通手段には恵まれていません。自動車がベスト。

道の駅に車を置いて歩いて回るのが良いと思います。付近に、亀山城跡、塞ノ神城跡、文殊山城跡、石橋城跡など、中世の城跡が密集していますので、ぜひ、一緒に回ってみてはいかがでしょうか?

本数がとっても少なく、駅から、かなりくねくねの山道を登りますが、コミュニティバスもあるにはあります。(私は、コミュニティバスで行きました。)

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大竪堀が分かるでしょうか?

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主郭の虎口です。 

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主郭内部。夏でもこれくらいのレベルですので、四季を通じて、訪れることが可能ではないでしょうか?

主郭内部は、二段になっていて、やや、高い部分には、主将クラスとその側近が、入ったエリアではないでしょうか。(武田勝頼もいたかも)

この古宮城は、武田氏の遠州侵攻の軍事拠点として整備されました。縄張りは、武田四天王の一人、馬場美濃守信房の手によるもの、と言われております。

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主郭の矢倉台でしょうか?

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 古宮城跡最大の見どころは、城域を二分する、この大堀切。

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お城のど真ん中を貫き、西の城と、東の城に完全に分断しています。

西と東は、細い土橋でのみ、接続されており、土橋には、東から横矢が間断なくかかるように、設計されています。

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この堀切は、張り出しも伴い、この堀切を登ろうとする敵にも、横矢をかけているんですね。

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西の城の横堀です。西の城は、見ようによっては、主郭のある東の城を守るための巨大な馬出にも見えます。

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迷路のように張り巡らされた堀底道。これは見ごたえがあります。

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西の城の郭内部。 

縄張り図、もしくは鳥瞰図があると、説明しやすいのですが、この城跡は、実際に訪れてみてもらいたい城跡です。

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冬だったら、この竪堀から登れるかな。 

三重県津市 津城跡 続日本100名城3

津城跡は、言わずと知れた津藩藤堂家32万石の居城でした。

津城跡へは、JR、近鉄の津駅から徒歩30分~40分くらい、津新町駅から20分くらいだと思います。

県庁や、県警、裁判所などが立ち並ぶ、津市の中心街になっています。

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案内板。


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模擬櫓。

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津城の縄張り図と、現在の街の様子を重ねたもの。

残されているのは、本丸とその周辺の一部のみです。

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石垣と水堀、犬走跡が良く残ります。

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藤堂高虎公騎馬像。現在、見られる石垣などの遺構は、高虎公によるものです。

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天守台の石垣。

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土橋跡と犬走跡。

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水堀跡と石垣跡。

残されているのは、巨大な津城のほんの一部ですが、見応えがあります。

三重県玉城町 田丸城跡 続日本100名城4

ただいま、絶賛休日返上中のため、どこにも行けずにおります。しかも、毎日、残業です。

来月の給料日が楽しみだwww

というわけで、今回も、訪れたのは、もはや、何年前だったかすら覚えていない三重県の田丸城跡です。

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田丸城跡は、JR田丸駅から、徒歩10くらいだったと思います。

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県の指定史跡に指定されています。

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土塁と奥に見える石垣。

田丸城跡の見どころは、中世土の城と、近世石の城の両方の遺構を楽しむことが可能です。

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石垣。この石垣は、織田信雄時代のものと推定されます。

田丸城は、北畠氏終焉の地とされます。

北畠氏に養子に入った、信長の次男信雄の命で、北畠具教、具房の親子や、一族は、田丸城で粛清されます。

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この時は、梅がきれいでした。

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三の丸~二の丸の堀切です。
 
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土橋とその先の枡形虎口。

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二の丸。

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 本丸への枡形虎口。

この当時は、城めぐりを始めたばかりで、ただただ、石垣に感動しながら歩いた記憶があります。

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天守台の石垣。

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田丸城は、江戸時代、紀州藩領で、城代が置かれていました。

その時代に組まれた石垣も残っています。

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玉城中学校の校舎が建っているのは、空堀の跡ではないでしょうか?

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虎口。

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横堀?

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竪堀?

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堀切?

この辺りは、中世土城の雰囲気を濃厚にとどめております。

このころは、今に比べると、全く見る目が伴ってなかったので、とりあえず写真を撮ったものの、何を撮ったのか、自分でも把握できていません。

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水堀も良好に残っていました。

まとまりもなく、だらだらと写真を撮っているため、順番がぐちゃぐちゃですが、田丸城跡、ちょっと交通が不便ですが、訪れて損はない城跡といえると思います。
 

群馬県みなかみ町 名胡桃城跡 続日本100名城3

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ご存知、歴史を動かすきっかけになった名胡桃城跡は、群馬県みなかみ町にあり、車じゃないといけないと思います。

去年の大河に向けて、整備されたそうで、きれいになって(なりすぎて)います。

個人的には、過去の画像を見る限り、整備される前のほうが良かった気もしますね。

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舗装された郭跡の先に、食い違い虎口跡。土塁は残っていません。


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説明看板も新しくて奇麗ですね。


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堀切です。

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これは、土橋の上に木橋をかけちゃったんですかね。

虎口の土塁も、復元しました感、満載ですね。


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堀切です。

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虎口跡です。復元されています。

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虎口です。土塁も復元でしょうか。矢倉台を表現しているんでしょうかね。


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本丸の城跡石碑。

奇麗に整備されて非常に見学しやすいです。

さすが、去年の大河効果は大きいようです。

小田原征伐の引き金になった城の城跡ですからね。おざなりにはできないですよね。


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堀切。ここは、思わずにんまりしてしまいました。

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ささ郭からの眺望。水田の緑と渓流の流れがきれいです。空気も澄んでる気はします。


群馬県沼田市 沼田城跡 続日本100名城3

群馬県沼田市の沼田城跡です。沼田城跡は、公園として整備され、続日本100名城にも選定されています。

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沼田城跡は、JR吾妻線沼田駅から徒歩30分、車でも駐車場が完備しています。

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本丸跡の鐘楼。

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天守台周辺に残る石垣。

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天守台跡。

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沼田城といえば、このご夫妻。真田信之公と小松姫。

小松姫は、本多忠勝の娘、徳川家康の養女として、真田昌幸の嫡男信之に嫁ぎました。

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堀切と竪堀のようです。

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発掘調査で、石垣が出土した堀跡です。水堀だったのでしょう。

沼田城は、上州一帯に勢力を張った、沼田万鬼斎が築いた蔵内城が、前身です。

北条氏、武田氏などの争奪戦の末に、真田氏が支配し、長男の信之が城主となります。

関が原戦後も、真田氏の分家が、沼田藩を創設しますが、江戸時代中期に改易となっています。

その後、明治維新まで、藩主が変遷しますが、最終的に土岐家の支配で、江戸時代を終えています。
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